日だまり椅子         音楽・映画・本・芸術

ジョゼと虎と魚たち


永遠に続くものなんてないんだけど。
考えてしまう現実も理解はできるけれど。
そんなにも手前で引き返してしまうんだな。
私は、そう思わずにいられない。

そんなふうに納得できないのに、
詩的な映像と、きりきり痛むような残酷さが、強烈に胸に残ってしまった。

この映画は、タイトルが素敵だったから。ただそれだけで観た。
田辺聖子の同タイトルの小説が原作。

若い女の子に人気のある(若いとは言えない私も実は好きだったする)妻夫木くん演ずる恒夫は、大学に通って、ごはんをもりもり食べて、好きな女の子とセックスをして、アルバイトをして、友達と騒いだりする毎日だ。たぶん、よくいる若い男の子。

そんな彼は、少々風変わりな個性を持った、足の不自由なジョゼに恋をする。
ベイビーフェイスで、のらりとした低い関西弁の彼女のなんともユニークなこと。
可愛げがなくて、可愛らしい。

彼らのいる世界がきらきら光って見えるのは、対比からなのかもしれないな、と思う。
たとえば、恒夫のいる屈託のないキャンパスと、
ジョゼの世界が満ちたうす暗い押入れ。

おばあが見せる明け方の静かな町並みと、
スケートボードで走り抜ける昼間の町並み。

閉ざされた水族館の淋しげな門と
光がこぼれおちる海。

ジョゼが漂っていた場所と
恒夫が連れ出したあかるい場所。

しあわせのてっぺんと、ふしあわせの底。

ふたり と ひとり。

ジョゼはちゃんとわかっていたのだから、
もっともっとおぶってあげてほしかったかな。くたくたになっても。

いや。せめて、見えていた壁に、げんこつのひとつでもたたきつける強さが見たかったかな。

あなたはどう思うだろう?

マッキー再び?!

実はデビュー当時(およそ14年ほど前?)から、聴いていた槙原さんの歌。
長いこと遠ざかっていたけれど、最近ベスト盤が出たようでまた聴いてみようと思いました。

スマップの『世界でひとつだけの花』で再度(でも、ちょっと違う扱われ方で)
街中で耳にするようになった彼の曲。

やっぱり私は、1st、2ndアルバムあたりの曲がいいかなぁ。
ちなみに一番好きな曲は『EACH OTHER』です。

八月のクリスマス

※内容に踏み込んだ箇所があります。これから観る予定の方はご注意くださいね。

ソウルでちいさな写真店を経営する青年ジョンウォン。
ある時、店に訪れた女性タリムと他愛ない会話を重ねていくうちに、
二人は少しずつ親しくなっていきます。
学校帰りの子供たち、記念写真を撮りに来る家族連れ。穏やかに過ぎていくような彼の日常は、実はあとわずかに終わりが迫っているのです。

死を扱ったものの中には、それがあまりにも特別なこととして、
感情のゆれを引き出されてしまうことも少なくない気がします。
泣かせようとする場面が見えてしまうと、どこか冷めてしまう。
たぶん、ひねくれているんでしょうね。

この映画の中の生と死は、とても親密に静かに存在しています。
それは、「人はいつかは死ぬもの」という前提を見据えた視点だからかもしれません。

いつも穏やかなほほえみをたたえているジョンウォンが、
本当は自分の運命を受け入れ切れない悲しみにもがいていること。

説明をしない彼のそんな弱い姿が垣間見えたとき、ジョンウォンだけでなく、
友達や家族、彼と関わる人たちの心の動きや、ありふれた時間の尊さが静かに浮かび上がります。
人が抱える苦しみが、本当は他人にたやすくみえるものではないこと…。

鮮やかな演出や大きな展開もなく、見る人によっては退屈と感じるかもしれませんが、
丁寧に追った時間の流れと、美しい音楽、そして印象的なシーンがたくさんありました。

同じような毎日の積み重ねの中にある、愛しいものや愛しい人たち。
会いたいのに理由もわからず会えないタリムの苛立ちやせつなさなど、心に深く残る映画でした。

竹林を吹き抜ける風

最初の方の竹林に佇むシーンだけで引き込まれてしまった、
韓国の映画『春の日は過ぎゆく』。
言葉少ない静けさのなかに、
男女の気持ちの行き違いが丁寧に描かれていました。

葉が擦れあう音や風、川の流れや明け方の空や、
神経を研ぎ澄ませていないと、
当たり前のように通りすぎてしまう風景が優しく染みてくる作品。

と言いつつ、イ・ヨンエ扮するウンスの行動にいらいらしてしまったけれど(笑)

戦場のピアニスト

※内容に踏み込んだ箇所があります。これから観る予定の方はご注意くださいね。

原題は『THE PIANIST』。第二次世界大戦が勃発した1939年。ナチス・ドイツ占領下にあるワルシャワでは、ユダヤ人は周囲を壁で囲まれた移住区(ゲットー)に移り住むことを余儀なくされた。ドイツ兵やユダヤ警察による暴力、無差別殺人に脅えながら、一人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンがどのように生きたのか、その手記をもとに、この映画は創られたという。
監督のロマン・ポランスキー氏自身もゲットーの生存者であるそうだ。

戦争の悲惨さというより、戦争という圧倒的な力で歪んだ不条理な状況下で、
人がどれほど弱いものなのかを私は思った。
そのどうしようもない無力感。
爆撃を潜り抜け、殺りくを目の当たりにし、
それでもただ生き延びるため、逃げ、隠れ、食べる物を求め、
ひとりさまようシュピルマンの姿。
戦場においては、音楽もピアニストであるという事実も役には立たないのだ。

その世界のどこにもヒーローはいない。
淡々と繰り返される理不尽な虐殺シーンは、感傷を突き放し、
静寂を感じるほどのクールな視点。
それが寒々としたリアリティを投げかけてくる。
映画を盛り上げるための殺人描写でも残虐描写でもない。
「これは真実なのだ」と。

収容所に移送され、誰もいなくなった薄暗いゲットー。
廃墟と化したワルシャワの灰色の街並み。
虚無な風景が鋭く印象的だったのと同時に、何も残らない戦争の虚しさを、
私は、ただただ感じずにはいられなかった。

シュピルマンの空想の中に、宙を弾く指に、流れるショパンの音楽は
どこまでも美しく、希望のともしびのように儚い。
自分が自分である証明のような、また存在意義であるかのような演奏シーンは
本当に素晴らしかった。

「感動」という言葉では、束ねたくない映画。