日だまり椅子         日々のこと・思うこと

受け入れることと慣れてしまうこと

車椅子になってから、変わった習慣のひとつに薬を飲むことがあります。
今、大きくは起立性低血圧(上が72くらいが平均なので)や
自律神経の障害からくる様々な症状の治療など、
気がつけば増えている錠剤やカプセルたち。

風邪薬や頭痛薬のように、症状がおさまったらいったん縁が切れるもの、
治療していくため、または、ある程度問題を緩和させつつ
生活していくために常用し続けるものとあると思うのですが、
ふとした瞬間に、その自然ではない行為にとまどうことがあります。

こういうものだと慣れようとしている自分と、
慣れてしまっていいものかと疑問に思う自分と。

もちろん、私などと比べようもなく深刻で、
辛い治療と戦っている方はたくさんいらっしゃると思うのです。

それでも、はた、と手のひらの上の不自然に白いものに意識がいってしまったとき、
飲まなくてもよくなる日は来ないのかな?と少しばかりしんみりしてしまうのです。

自分の身体に起きていることに鈍感にはならないように。
でも、とりあえず、今日一日を元気に過ごせること、
笑顔になれること、日々に散らばるちいさな楽しさをちゃんと見つけられること。
身体と心の調子は結びついているなぁと実感する今日この頃です。

桜を見ました


この季節はちょっと車を走らせると、
あちらこちらで目を奪われる。
青空に広がる淡い色の花びらは、
繊細なもようのレース編みのようだ。
桜の存在だけで、
いつもの街並みが違うふうに見える。

そして、私のお手柄でもないのに、
いつも誇らしげな気持ちになるのだ。

ずっとずっと、何年も先。
また同じ季節が巡ってきたら、
私と見た景色を思い出してくれるといい。
そんなことを思う。

身体からの声?

米ぬかやはちみつで作られた天然素材の石鹸は、
以前友達が贈ってくれたもの。
アロマオイルの香りがとても好みなので、
大事にとっておいたのですが、やむなく(?)パッケージから取り出しました。

というのも数ヶ月前からなぜか、指輪をつけた指が真っ赤に腫れたり、
肌に原因不明の湿しんが現れるようになってしまったのです。
30数年だいぶん雑に生活できていた私ですが、
肌に触れるものだけではなく、生活スタイルそのものも見直す必要を感じました。

そういう目で身の回りを改めて見てみると、
価値観を含め、物が少し違う風に見えてくるのが不思議です。
プリズムをちょっとずらして見てみたように。

しずかにおもう

アニメのなかで子供のころに見た、配線のない持ち歩きできる電話や、
夢のようなはやさの電車や、そんなものが実現していく。

現実はやがてフィクションに追いつくのだと、叶うのだと、そんなふうに考えていた。
なんとはなしに見たDVD『Day after tomorrow』は、気持ちがとても重くなった。

地球滅亡や人類の危機を警告しているような、たとえば『ディープインパクト』などは、
「こんなことが起きたら怖い」という怖さを観賞しているところがあるけれど、
この映画での、NYを襲うすさまじい津波、木の葉のように流される車や人々…
ニュースで流れる映像がふいによぎった。

たくさんの人たちが亡くなり、たくさんの人たちが愛する人をうしなう。
そんな現実は恐ろしい。練って創り上げられた怖さより、ほんとうに怖いと思う。

『ターミナル』を見てきました

想像以上に良くて、今でも短いシーンをふっと思い出すこの頃。
見終わった直後より、時間がたった方がいいみたい。
こういうじんわりと暖かくなれる映画って好きだな~。

ストーリーもさることながら、
トム・ハンクス演ずるビクターの生き方というか進み方がいい。
まわり道しているようでも、本当は信念をまっすぐに貫いているような。

今回の映画館、ハンディキャップスペースの隣に座席がなく、一緒にいた人と離れ離れで見る羽目に。これって考え物ではないかしら?(泣)