部屋にある本棚

博士の愛した数式/

2013年01月27日

博士の愛した数式記憶は、休むことなく更新されていく。
忘れたいような過ちも、胸にずっと留めておきたい大切な瞬間も、
そして、取るに足りない雑多なことも。

積み重ねていく記憶が、私を「今の私」として構成していく。
そういってもおおげさではないだろうか。
こうして生きているあいだ、新しい記憶も古い過去も、
意識することなく、ふるいにかけられていく。

この本の、「博士」と呼ばれる老人は、80分しか記憶をとどめておくことができない。
もう更新されることのない彼の世界にあるのは、愛している数学と、かつての思い出だけだ。

博士と家政婦の「私」と息子のルート。
それぞれ少しばかりいびつな背景を持った三人の、正三角形のような関係。
それを成り立たせているのは、たぶん、
自分以外の誰かを常に思いやる心の尊さなのだろう。
その優しいバランスが、この物語をもしっかりと支えている。

数字に魅せられた博士の言動や、随所に出てくる数式は、
シルヴィア・ナサー原作の映画『ビューティフル・マインド』を思い出させる。
私のような者には無機質に感じられる<数字>というものの不思議さと
静かな優しさとで、最後まで一気に読みきってしまった。
あらゆる意味で小川洋子さんらしくないこと、その未知に驚きました。