部屋にある本棚

避暑地の猫/

2013年01月27日

避暑地の猫悪とはいったいなんだろう?とこの本を読みながら思った。
人の心の奥に棲む悪。
それは決して特別なものではなく、誰でも持ちうるもの。
ある日なにかを引き金に姿を現わすまで、その影には気づかない。
社会の秩序やそこで作り上げられた常識において存在するものではなく、
自分自身の持つ心のものさしでさまざまに変化しうるものなのかもしれない。

軽井沢の別荘の地下室で、その主人家族と屋敷番の家族の間で
静かに長年に渡り繰り広げられる背徳の行為。
人間の欲、男と女の欲。
宮本さんの少し距離を置いたような心地よい文章のせいなのか、
淫靡で恐ろしいなかにも、どこか魅かれてしまう性の妖しさ、美しさを感じました。

私は読んでいる間、無意識にずっと登場人物の言葉や行動のなかに
善を探そうとしていたことに後から気づきました。
善というより人間らしさ、といった方が良いのでしょうか。

が、最後の最後まで主人公「ぼく」の姉、美保のなかにそれを見ることはできなかった。
それが、ちょっと心残りでしたが、父親と「ぼく」との間に感じたもの、
貴子の存在と貴子に対する「ぼく」の恋心の「普通さ」に救われた感じです。

葛藤、虚無感、哀愁。
「ぼくが本当に生きるのは、自らの内部に存在する法による呵責が、
肉体と精神を溶かし腐らし始めたときなのだ」
という一節に深く込められているように思えます。

ふと、社会がゆるしても、社会的に罪を償っても、この世の全ての人がゆるしても、
自分自身がゆるさないという罪もあるのかもしれない、
といろいろ考えさせられ、なおかつ魅力的な小説でした。