部屋にある本棚

東京奇譚集/

2013年01月6日

ある夜、友人に電話をかけようとふと思いつき、受話器を握った。
その瞬間、なぜか「今から友達が来るんだ」という声が浮かんだ。
それは確かに友人の声で。
くっきりとした鮮やかなものだった。

「今から友達が来るんだ」
それが現実にも、受話器の向こう側の友人の第一声だったわけだが。
時おり、そんなこともあるものなのだ。

ちいさな偶然に、わずかな奇妙さを含んだその記憶を、
この本を読み進めているうちに、私はふいに思い出した。

『東京奇譚集』は5つの不思議な話が語られている。
奇譚とは「不思議な、あやしい、ありそうもない話」という意味だそうだ。
人から聞いた話を、著者のフィルターを通してひとつの世界(作品)として魅せる。
その形は、短編集『回転木馬のデッドヒート』を彷彿とさせたが、
私にとってはより奥行きを感じる、上質な短編集となった。

もっとも心惹かれた物語は、『日々移動する腎臓のかたちをした石』。
「男が一生に出会ううちで、本当に意味をもつ女は3人しかいない」という父親の、
根拠なき持論に囚われてしまった作家、淳平の話。
新しい女性と知り合うたびに、彼女が「意味をもつ女の3人のうちの1人」ではあるまいか、
と考える。

やがて彼は、可能性──意味をもつ女性に出会えるこの先の猶予──を残すために、
誰とも淡い関係しか結べなくなるのだ。

淳平の書きかけの小説が、ある出会いを通じて動き出すとき、
彼自身の中にもまた新しい風が吹き抜けることになる。

たとえば、その後の人生の向きを大きく変えてしまうような大胆で力強い風ではなく、
どんな人でも、何かの拍子で、訪れる風があるのかもしれない。

それがきっかけであることすら気づかないように、
ひっそりと偶然が重なり合って。