部屋にある本棚

けだるい無性/

2013年01月27日

けだるい無性泣けてしまった。
15才で子宮を失い、無くしたものの代わりを与えてはもらえない
「神様に愛されていない」と考える主人公カオル。
両性具有者はゴージャスだが、彼女は持たざる民だ、という本文中のフレーズが痛い。

女性を愛し、欠けている意識が故の生きるけだるさから麻薬に落ちてゆく過程。
内側から支えるものが見つからない、と自分を深く探し続けている彼女の落ち方は、
ただやけになり自虐しているものとは異なると私は思う。

ゆっくりと、ゆっくりと落ちていく。
だが、彼女の周りを囲む人間関係や、彼女自身の根底に流れる音楽に対しての熱が、
落ちるだけに終わらせない力になる。

私が泣けたのは何故なのだろう?
自分というものに自信が持てず、そのコンプレックスによって肯定されることに
畏れを感じるカオルの心境が少しわかるからかもしれない。

与えられるのが愛情ではなく、評価であった渇いた環境に生きていたカオル。
その彼女のなかで、無くしたものを生み出していく過程が、
ドラマティックではない分、とてもリアルで良かった。

決して何かの「代わり」ではないところも。

雪のひとひら/

2013年01月27日

雪のひとひらなんて淡々とした物語なんだ。
これが、第一印象だった。
地球上に舞い降りた雪のひとひらを、
女性に見たて「女の一生」を静かに描いたギャリコの名作だ。

でも、ふと、集束してみれば本当 に一生などはこういうものだな、と思ってしまう。
こういうもの、というのは諦めではなく、雪 のひとひらが川の流れに逆らわずに生きていくように、
私たちもなにか巨大でゆるやかな流れに 身をあずけているちいさな結晶のひとつかもしれない、という意味で。

苦難も、悲しみもその流れを通りすぎたあとでは、穏やかさを含んで思い出せるもの、
そんな風に思えれば今を変えようとじたばた喘いだり、
現状の不満に心を陰らせることもないのかもしれない。

優しく透明な文章が、より雪のひとひらの女性らしさを表現しているお話。

白い犬とワルツを/

2013年01月27日

白い犬とワルツを暖かな色の装丁がちょっと目を引く本。
私がこの本を手にしたときにはすでに映画化され話題になっていたので、
帯は『日本中が泣いた大人のメルヘン』となっていた。
最初に「泣ける」とか「感動する」と宣伝文句に釘をさされてしまうと、
おなかいっぱいになってしまうのが困り者。
一種のプレッシャーとあまのじゃく気質からだろうか。

この物語は、最愛の妻に先立たれた老人サムが主人公。
長く人生をともにした妻とそっと入れ代わるように老人の前にだけあらわれるようになったまっしろな犬。
「ありそう」だと思った。
「ありがち」という意味ではなく、あってもおかしくないお話だと。

独り残された父親を心配するあまり、あれこれと想いをめぐらせて奮闘する娘や息子たちの姿。
そんな彼らを見つめるサムの、親としての優しいまなざしと、一人の人間として生き抜こうとするプライド。
そして、何よりも妻コウラへの深い愛情と大きな喪失感が、
サム自身の語り口での文章や日記で誠実に伝わってくる。
幾度か心打たれた。

生きていくうちには、たぶん多くの人が通る道であろう、大切なものや、かえがえのない人との別れ。
一人の老人とそこに寄り添う一匹の犬とのきずなに光をあて、
その先を自分らしくまっとうする強さを静かに、爽やかに描いています。