部屋にある本棚

夏の庭―The Friends/

2013年01月29日

夏の庭―The Friendsほんものの死んだ人を見てみたい
きっかけはそんな好奇心から。
小学生最後の夏休みを迎えた少年三人は、近所に住む一人暮らしの
「今にも死にそうな」老人を毎日見張ることにする。死ぬ瞬間を見るために。
なんとも不謹慎。だけど、この自然な好奇心、よくわかる。
死ぬことがどういうことか考えるということは、同時に生きるとはどういうことなのかを考えることだ。

ずっと昔、ぼくがまだ小さい頃、死ぬ、というのは息をしなくなるということだと教えてくれたおじさんがいた。そして長い間、ぼくはそうだと思っていた。でも、それは違う。だって生きているのは、息をしているってことだけじゃない。
(本文中より抜粋 P100)

少年たちと老人との不思議な友情とともに育っていく庭。
合間に織り込まれた大人たちのやるせない事情。
はたして、彼らは経験を通してそこにどんな答えを見つけるのでしょう。

生きていることが実感できない。
死への歪んだ衝動で途方に暮れるような少年事件を耳にする昨今。
死を感じとるのは死そのものからではなく、その人と関わりあい、
同じ時を生きることで初めて自分のものとして受けとめられるのではないでしょうか。
大きな痛みをともないながら。

老いや死という重いテーマを扱っていながら、物語全体に吹き抜ける清々しい夏の風と濃い緑のにおい。
それは、理屈で整頓しようとしていないところ、そして何よりも、
少年たちがそれぞれに抱える迷いに強くまっすぐであるからかもしれません。

以前からずっと気になっていた本なのですが、この本に出会えて良かった。
10カ国以上で刊行され、映画化もされています。

紙婚式/

2013年01月27日

紙婚式ものごとの結末があるのは気持ちがいい、とある意味では思う。
たとえば、ドラマや映画のストーリーを見ていくと、その多くはちゃんと結末がある。
悩み、苦境に陥った主人公も、展開はどうあれ、せめて心の中くらいには時間内に結論を見出したりするし、
見ている側にも、何かしら進む方向を照らしてくれる。

でも、現実はそれほど親切にできてはいない。
変えたい、変わらねば、と思いつつ、状況はどうにも平行線。
見つからない答えにじたばたしながら、それでも容赦なく時は過ぎていくのだ。

そんなわけで、山本文緒さんの小説(こと短編)に、どうしようもなくリアルさを感じるのは、
この「結末がないエンディング」を差し出されてしまうからかもしれない。
読み終わった途端、一人放り出されてしまう。
なんとなく気持ちが悪いので、自分だったら…の行方を思い浮かべてみる。

『紙婚式』は、結婚をモチーフにした短編集。
ここに八組の男女が描かれているが、それにしても、なんと様々な形があることか。
といっても、別に突飛なケースが描かれているわけではない。
長い間、まったく違う環境で暮らしてきた他人同士が一緒に暮らす、
その考えようによってはそら恐ろしい部分、ほんの些細な隙から、
次第に引き返せないところまでゆがんでしまう人と人の危うさ、
いつもそばにいることで、知らぬまに築いている絆の不思議さ。

たぶん、読む人の多くが、うっかり自分の胸に手を当ててしまいそうになるような臨場感が
あるのではないだろうか。
男と女とは?夫婦とは?なんて語れそうもないが、結婚という形をとって出来上がるもの、ではなくて、
ずっとずっと作り続けていくもの、という、まさに結末のない重みを感じました。

白河夜船/

2013年01月27日

白河夜船どうも最近の吉本ばななさんの本からは遠ざかりつつある。
初期のころの「キッチン」や「哀しい予感」は過剰なほどの感性とでもいうのか、
痛いような言葉ひとつひとつが素直に胸のなかに入ってきた。

流行作家といった世間の流れはあったものの、
文章の相性という面ではとても好きな文章を書く人だ。
久しぶりに読んだこの本も、ストーリーの暗さのようなものでなかなか入り込めなかったのは残念。

親友を亡くした「私」。その深い悲しみのなかでの妻帯者との恋。
「私」が貪るように眠る日々の描写がリアルで、物語全体に海の底でゆらめいているようなけだるさがある。
これは恋愛小説なのだろうけど、私は恋人に対する愛情よりも、
むしろ親友しおりへの感情にそれを感じてしまった。
ばななさんの作品は、わりとそういう印象を受けるものが多い。

心の底にあるであろう気持ちを彼にぶつけないのは、
そうすることで壊れる何かがあるからなのだろうか。
彼女が取り憑かれた眠りは、無意識な癒しだったのかもしれないし、
自分を防御するものでもあったのかもしれない。
実は私も、あまりに落ち込むと眠りに逃げる癖があるので、少し重なる部分があった。

そして、そこからのちいさな蘇生。生きる力は大げさなエピソードではなく、
闇を見ながらでもどこかで湧いてくるもの。そんな感想を持ちました。

もしも今、私たちのやっていることを本物の恋だと誰かが保証してくれたら、私は安堵のあまりその人の足下にひざまずくだろう。そしてもしもそうでなければ、これが過ぎていってしまうことならば私はずっと今のまま眠りたいので、彼のベルをわからなくしてほしい。
(本文より抜粋引用)