Posts by: yura

言の葉の庭

「雨を待っている」

「秒速5センチメートル」がとても響いたので、
もう一作、新海 誠監督作品。

つまづき「自分だけがずっと同じ場所にいる」と立ちすくんでいる女性と、
今自分の生きる場所で「こんなことをしている場合ではない」と、
夢に向かい焦り駆け出しそうな15歳の少年。

ふたりをつなげるのは雨です。

長くはない物語のなかで、憂鬱なはずの雨の風景が、
本当に美しくさまざまな表情を魅せてくれます。

駅のホームで見上げる暗く重い空、傘を弾く雨の音、
匂いやひんやりした温度まで感じそうな濡れた緑、
窓ガラスをつたう雨粒、足元に広がる水たまり…。

アニメーションならではの美しさもあるでしょうが、
この監督の世界の見え方、見かたに感心してしまうくらい。

その繊細な世界観が、そういえば憂鬱なだけではなく、
夏の通り雨の匂いや、すきまなく降り続ける細い雨の音などは
何かを連れてくるようでわりと好きだったな、
などと気づかせてくれました。

およそ17年前によく聴いていた
大江千里の「Rain」が予期せず流れて、懐かしさにどきっとし、
今聴く秦基博カヴァーバージョンは、
それを上回るくらい良かった。

* * *
それにしても、
デッサンする鉛筆の筆圧の表現凄すぎ、です。

虹を見たよ

友人が空にいってしまった。
私と同じ障害を持っていた。

いつも驚いたり、時にはそれを通り越して
あきれるようなことをしでかした。
無理をしてというより、無茶な生き方をしていた。
 
だけど、20年近く前、もし彼に出会っていなかったら、
私には行動できなかっただろうことが、たくさんある。
「やらないで怖がってたってしょうがないじゃん?」
と彼はよく言っていた。
 
深いところで絶望しながら、
矛盾しているみたいに、がむしゃらに生きていた。

会えば、たくさんたくさん話をした。
すぐ「大丈夫」と笑ってしまう自分が、
弱音をはける貴重な存在だった。


ネットは天国まではつながっていないけれど、
言葉を放ったら、うっかり読んでくれるような気がしてしまう。
 
いまは、歩いたり走ったりしているのかな?
もう、痛みや苦しみはないのかな?
 
いつかまた会おうね

秒速5センチメートル

「どれほどの速さで生きれば、きみにまた会えるのか」

 

久しぶりに観た映画。短編の連作アニメーションです。
内側へと向かう繊細さや、時に感傷的な言葉に
もしかしたら好き嫌いが分かれる作品なのかもしれません。

自分の半分が失われたように生きている主人公や、
まるで世界の果てのように遠く感じる、大切な人の暮らす街。

大きな流れに押されるように、
やるせなく通り過ぎていく毎日は、
人生も、もはや折り返しているだろう私にも
どこかで覚えがあるのです。

あんまりむやみに傷つかないように、
長い年月をかけて
ごちゃごちゃに積み込まれた自分のこころのなかから
何かがひっぱりだされるような感じがして、
ふいに泣きそうになりました。

それにしても、
桜の花びらの舞う空や石畳みに射し込む光、夕暮れの茜色の雲や街の雑踏、
映像の美しさは圧倒されるほど。
こういう世界を見られる人はいいなぁ。

公衆電話と手紙を待つポストはただ懐かしい(笑)

ようやくWordPressを導入しました

WordPressはブログ構築のためのCMSだと思って、
覚えるのは「まぁ、そのうちに…」と先延ばしにしていたのですが、
テーマをカスタマイズすれば、
通常のHPとして成り立たせることができることを今更知り、
去年からのんびりこっそりと裏でいじっておりました。

こういうときは、目的も構成もイメージもはっきりしていて
ちいさな自分のサイトで実現(実験?)してみるのが一番。

普段扱っているCSSもJqueryも、「?」なPHPもひっくるめて、
私のうす~い知識を少しは濃くすることは必然となり、
サイト全体をWordPress化するのは、なかなか良い勉強になりました。

そもそも覚える必要を感じたのは、
個人事業のお客様のサイトを製作させていただいたとき。
完成してからが問題ということが多々あったからです、

ほんの少しの変更をしたいときにも、
未経験のお客様からすれば製作業者サイドに依頼しなければならず、
ご自身で更新するとなると、
ソフトウェアのサポートやサーバーへのアップロード、データ管理など
相談してくださってもこちらで対応していくことは厳しいと感じていました。

WordPressでは、そのお客様のサイト運営に適した
わかりやすい管理メニュー表示も可能になるし、
静的、流動的なコンテンツ設計も、
固定ページやカスタム分類(カスタムタクソノミー)で使い分けられ、
ページごとにデザインを変えることができたり、自由度も高い。

とっつきにくく、理解していくのが難しいと感じる分、
今までの問題点を解決していける可能性を持ったものなんですね。
まだまだかじった程度ですが、課題ができた今日この頃です。

「1回休み」の夏として

9月も下旬だというのに夏のような暑さですね。秋までもうひと息。
5月から始まった身体の不調で検査したところ、
バタバタと決まった手術・入院。
苦手な夏は、通院と入院という病院絡みで過ぎていきました。

通算8回目となる手術は、精神的には2番目に辛いもので、
いい歳をして、ずいぶん泣きました。

手術室に向かうストレッチャーの上でも往生際悪く、

でも悲しさと恐怖でどうしようもなく涙がこぼれました。
身体に大きな傷跡が残ったのは、
もはや、ひとつやふたつじゃないんだし、とか
水着を着るわけでもないし、とか
諦め半分、受け入れることはできたのですが、
この先いくつ乗り越えればいいのかな、と途方に暮れました。

* * *
「試練はそれを乗り越えられる人にしか訪れない」
といったような言葉があるけれど
「それはちょっとあんまりだ」と最近は思ってしまいます。

振りかかった試練が辛く苦しくて、生きるのを諦めてしまう人もいる。
それを弱いからとはとても考えられないし、
乗り越えようと生き続けられるのは強いから(乗り越えられるから)とも
違う気がするのです。

その時の自分を取り囲む環境や人や心の状態や、さまざまな要素が作用して
たまたま、なんとか生きられているように思えるのです。
ほんの少し何かが違うだけで、足りないだけで、変わってしまうような。
その境界線は紙一重なのでは、と。

* * *

夏は1回お休み。
また、心から元気に笑えるように
少しずつ毎日を重ねていこうと思っています。