日だまり椅子

つないだ手の先にあるもの ~『命をくれたキス』を読んで

障害を持った人の本というのは、私はほとんど読まない。
否定する気持ちからではない。なんだかタジタジになってしまうのだ。
いつも頑張っていて、明るく前向きであることが求められている気がするからかもしれない。

『命をくれたキス』の著者、鈴木ひとみさんは元準ミスインターナショナルの美貌の持ち主。22歳の時の交通事故で頚椎を損傷し、車椅子ユーザーとなる。そして、事故以前に婚約していた伸行さんと結婚。ドラマ化された初めての著書『一年遅れのウェディングベル』は、その苦悩と再生の軌跡を綴ったものとして有名だ。

私もひとみさんと同じく交通事故で頚椎を損傷し、車椅子ユーザーだ。
といっても、美人でもないし、スポーツにもさっぱりなインドア人間だし、
アクティブでもなければ大阪弁も喋らない。
そして、損傷した個所が違うのだろう、体の状態もずいぶん違う。
同じ怪我をしたって、当然何もかもが同じであるわけではない。

それでも、著者が著者の考えで越えてきたことのなかに、
私も私なりにぶつかり、考えてきたことが重なり合う。
手術の過程、リハビリの厳しさ、将来の不安、周囲の人の目。

そして、今この本を手に取って良かったと思っている。

「介助するためとか、経済的なことからではなく、互いが互いを必要としていなければ一緒にいる意味がない」「一緒にいて孤独なら、私は一人で生きていく孤独を選ぶ」

そんな感じの一節がある。ご主人との様々なエピソードから感じるのは、
まさにその「その人そのものを必要とし、必要とされること」。
誰かに寄りかかって生きていたら、そういう大切なことは見えなくなってしまいがちだ。
ひとみさんも、伸行さんも、一人の人として自立しているからこそ、そう感じられるのだと思う。

おもいきりケンカもし、何よりも効率的に手を抜き「一緒に生活を楽しむ心」を
ずっと持ち続けているお二人を、素直に素敵だなぁと思った。
タイトルの由来は、ここでは触れないでおこうと思う。

* * *
そういえば、本文中にも少し似た話があったのだけど、恋人と歩くとき、
車椅子を後ろから押してもらっていると顔が見えないから
手をつないで並んで歩いてみたことがある。
私の車椅子の原動力のほとんどは、歩いている彼の足。

でも、いつも後ろにいるはずの彼とつないだ手はあたたかく、
歩きながら顔が見える安心感も、並んでいることの心地よさも、
何気ない小さな変化で得た新鮮さが心から嬉しかった。

誰かと対等でありたいと願う時、
その誰かに自分との目線を合わせてもらうのを望むだけではなく、
自分もその人の目線まで動かす心も必要なのだと思った。

たぶん、どんなに小さなことでも、自分自身で感じ、考え抜き経験したことしか、
結局のところ自分の糧にはなりえないのだと思う。
人の数があれば、その数だけドラマはあって、もし特別な人生があるのだとしたら、
みんなそれぞれが特別な人生で、
たとえばこの本は、そのなかの切り取られたたったひとつ。

だからこそ、平凡だけど特別で、カッコ悪くて尊い愛の物語なのだろう。

命をくれたキス/鈴木ひとみ(小学館・1365E)ISBN4-09-396381-9

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